気軽な笑いが八割、文句が二割くらいです。


by aco_325

カテゴリ:レビューなど( 21 )

Bunkamuraで開催されているルドンの展覧会に行った。

「ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち」

黒く塗られた絵を見ていると、異形の者たちのうっすらとした輪郭が見える。
真っ黒に塗り潰したら何も見えないのだから、
黒い闇を描くってことは、光を描くことでもあるんだなぁと思った。

黒い闇には、やたら「気配」を感じる。正体の分からない者の気配。
静かに存在する者もあれば、激しく身体を動かしている者もある。
哀しそうに見える者もあれば、大きな怒りを秘めていそうな者もいる。

ルドンは、黒は「あらゆる色の中で一番本質的」な色だと言ったらしい。

ときに、強い光を浴びて日陰で目を閉じたときや、
瞼を指で押さえたとき、瞼の裏にまだらな光の模様のようなものが
ぼんやり浮かんでゆらゆら蠢くことがある。

ルドンの絵をみていると、瞼の裏に浮かんだ、その、
へんな模様の一つひとつに生命を持たせたようだなと思った。
誰かと共有できるわけではない、自分だけに見える奇妙な者。

そんなわけで、この展覧会のタイトル、
「ルドンの黒 眼をとじると見えてくる異形の友人たち」という言葉に、
私はとても共感してしまったのだった。
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by aco_325 | 2007-08-09 14:18 | レビューなど

100年ぶりの再会

日が過ぎてしまったが、感想を書いておこ。
太田記念美術館の「ギメ東洋美術館所蔵 浮世絵名品展」に行った。

葛飾北斎の「虎図(雨中の虎)」(太田記念美術館蔵)と、
葛飾北斎の「龍図」(フランス国立ギメ東洋美術館蔵)。

この二作品は、それぞれの美術館に所蔵されていて、
長年、双幅であることが知られていなかったという。
雨中の虎が、何を見ているのか、わからなかった。
でも、二つを並べてみたらー、
虎の視線の先には龍がいることがわかったと。

そして、世界ではじめて、この二つを並べて展示することに
なったのが、この展覧会だった。100年ぶりの再会。

「100年ぶりの再会」、この言葉にゾクっとした。なぜか泣きそうに。
この言葉を聞かなかったら、出不精な私は足を運ばなかったかも。

いざ美術館に入ると、虎と龍。
前の畳に正座して、したり顔で眺めてみる。
正直、浮世絵のことはよくわからない。けれど、
「よしよし再会しておるな」と、勝手に見届けた気分に。

再会を勝手に見届けた後は、北斎や歌麿の浮世絵を観賞した。
人混みと会場の狭さ、見づらさに辟易。
もし江戸の人が、現代人がひしめきあって浮世絵に
群がる様子を見たら、いったいどう思うだろ?
などと空想して紛らわす。

雨に打たれたあとのようにぐったりして、会場を後にした。
ともあれ、虎と龍は再会できてよかったね。
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by aco_325 | 2007-03-09 12:25 | レビューなど
少し前ですが、10月14日に、汐留ミュージアムで開催中の
「重森三玲の庭 ー地上の小宇宙ー」に行ってきました。

「永遠のモダン」をめざした重森三玲の世界を紹介する
初めての展覧会だそうです。

私が訪れた日には、監修者(重森三玲のお孫さん)による
一日限定のギャラリートークがありました。
解説を聞きながら会場をまわることができ、とてもよかったです。
解説がなくても、この展覧会はオススメです。
12/10まであるそうですから、ぜひどうぞ。

私自身の備忘録として、また、これから会場に行く方に役立つよう、
会場とギャラリートークの内容で覚えていることを書いておきます。
※私は設計について全く知らない素人なので、
 とんちんかんな説明だったらすみません。


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会場に入ると、まず、厳しくそそり立った岩山の写真があります。
重森三玲が生まれ育った岡山の地、
豪渓(ごうけい)と呼ばれる渓谷です。
重森三玲の原風景として紹介されていました。
その横には、三玲作の大きな抽象画があります。
若い頃は日本美術学校で日本画を学んでいたそうです。

そして、市松模様で有名な、三玲の代表作、
京都の東福寺の方丈庭園について、
現在の写真や設計図、完成当時の写真などが紹介されています。
また、この展覧会のために作られた模型も置いてありました。

興味深いのは、設計図です。
完成形になる前の草案が2,3案あるのです。
南庭にある石の位置が左右逆だったりと、
完成形に至るまでの試行錯誤が垣間見られます。
また、西庭にある市松のさつきを写した写真を見ると、
完成当時はさつきの高さはもっと低かったことがわかります。
いまは植え込みが伸びて高さが出たのですね。
私は、低い方がより潔くて美しいなと思いました。

さて、歩みを進めますと、重森三玲が、庭をはじめ、
茶室などの建物設計も手がけた、小河邸の紹介があります。
現在も使用されている三玲デザインの襖の実物が展示してあります。
とても斬新でモダンなデザイン。
とくに、襖の引手にご注目ください。
2つの引手は、それぞれ、「小」と「河」の文字をモチーフにした
オリジナルデザイン。モダンですなー。
家主も、とても嬉しいでしょうねえと思いました。

それから、会場の奥に進みますと、
三玲が精を出した、庭園の実測調査についての展示があります。
会場の天井から下がっている、巨大な半透明の「のれん(?)」にご注目。
実測した図版の縮小したものをプリントしたものだそうです。
揺れる様子がとてもきれいです。
実測に用いたカメラなども展示されています。
実測図をじっと見つめてみると、その細かさに驚きます。
私のような、まったく設計などわからぬ者が見ても、
精密な調査であることがうかがえます。
庭木の種類や小さな井戸、石の配置など丹念に細かく描かれていて、
絵画をみているような気になりました。

最後に、三玲と交流があったアーティストの世界が紹介されています。
イサムノグチの書は、「和」の字を鏡面文字で書いたものだそうで、
当時、この文字を書く人が少なからずいたそうです。
イサムノグチから贈られたという茶釜も展示してありました。
解説によると、美しいデザインだけれど実用性はなかったので
長らく、荷物の中に埋もれていたそう。
見ると、たしかに使いづらそうでした(笑)。

そのほか、映像で三玲を観ることができます。
会場の中には、三玲の親族(たしかお孫さんだったかな)が
卒業制作で撮影したという、モノクロの記録映像が流れています。
三玲が、着物姿でマフラーを巻いている姿がダンディ。
煙草をぷかぷか吸っていました。
作業している人々は、汗をかきながら、
木槌のようなものを地面に打ち付けて地を固めたり、
重そうな石や庭木を、うんせうんせと運んだり、大変そう。
重力に逆らって、重い物を、右へ左へ動かすのは大仕事だーなんて、
当たり前のことを思ってしまいました。
モダンで美しい庭をみていると、造る過程のそんな苦労は
まったく感じられないので、貴重な映像だと思います。

展示会場の外のテレビモニターでは、
NHKで放映された、三玲の特別番組を編集したVTRが流れています。
こちらはカラー映像なので観やすいと思います。
これを観て概要をつかんでから会場に入るのもいいかもしれません。


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以上、とりとめもないですが、 覚えていることや感想でした。

私は、実際の庭に行きたくなりました。
京都は遠いけど、東福寺は、必ず行ってみたい。
東京にも、一般開放されている庭が多いのだから、
三玲が造った庭も、三玲が計った庭も、そうじゃない庭も、
もっと貪欲に訪れてみたいです。
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by aco_325 | 2006-10-25 19:53 | レビューなど

おうち、にいってきた。

「おうち、」(おうち展)に行ってきた。

柳橋のギャラリーは、芸者さんのお宅だったそうで。
趣のあるおうちだった。
昔のおうちなので、背の高いひとたちは入口に頭をぶつけそうだった。

私が、晴れた日に隅田川を臨む二階のテラスでくつろぎたかったなぁと
残念に思っていたら、一緒に行ったともみさんが、
雨もいいね、と風情があることに気づかせてくださった。
そういえば、雨音がしていて、庭のみどりや石も濡れて色が濃くなり、
そして木造のおうちから木の匂いがした。
土蔵からはひんやりと冷気が流れていた。
ほんとだ、これもいいかもね。

そんな雰囲気の中、和室にわが家気取りで陣取っていると
(床の間に尻を向けて座布団にででんと座っていたという)、
展覧会にいくといつもリラックスできない私でも、
不思議と安らぐことが出来た。

カヨさんにもお会いできたし、
小春ちゃんと一回だけ目があったし、
カヨさんと孔子とのコラボ作品も見られたし、
写真や器や愛嬌のある置物や家具も見られたし、よかった。

自分の家のまわりばかりにいないで
たまには人の「おうち」に行ってみるとよいねと思った。
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by aco_325 | 2006-05-29 15:23 | レビューなど

なるトモ!

平日の朝、いつも私は出社前の支度をしながらテレビを観ている。
前は「こたちょ」を観ていたが、
今はもっぱら、関西発の番組「なるトモ!」である。

最初は、街の情報も大阪ばかりであまり馴染みがないし、
出演者も知らない人ばかりなので、なかなか食いつけなかった。
(なるみさんという人も知らなかった)

でもみるうち、楽しくなってきた。
当たり前のように大阪が基準になっているのも面白いなあ、と。
なんというか、雑誌の「関西ウォーカー」を読むような感覚。
「行かないけど、こんなことになってるんだ、へ〜」という楽しみかた。
そういや東京の情報でも、「へ〜」と思うばかりで実際行かないもんね。

あとはやっぱり、トークが面白いなぁ。
出演者同士の息があっていて、テキパキとテンポよく進む。

で、そんな進行をみていて、なんとなく思ったことがある。
伝えている話題そのものの面白さとは別に、
出演者の間で、どう振るか、どう返すか、膨らませるか、
といった「お笑い判断軸」のような視点があるような気がする。
「ああ、そう返しよったか」「ふぅん、そんな感じにまとめたんか」
みたいな判断が、常にされている気がするのだ。
でも、うまくできなかったとしても、その人を突き放すわけじゃなく、
フォローをしたり、代わりにうまくまとめてあげたりもしてる。
厳しいような、寛大なような、暗黙のお笑い軸。
こういう雰囲気って、関西の番組にはよくあるのかな?
関西の普段の生活でも少しはあるのかな?

・・・って、よく知らないくせに偉そうなこと書いてると、
「ふぅん、そういう見方、しよったんか」と
暗黙のお笑い軸で判断されそうでドキドキする。
・・・って、こんなこと書いてるとまた、
「そんなに自分、見られてへんで」と判断されたりして。
ああー。

そんなことを考えていて、毎朝毎朝、忙しい。


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<追記>
情報をいただきました。
「なるトモ!」が3月末で、関東での放映を終了するそうです。(記事)
ガーン。朝の楽しみが消える〜。
そういや「大改造!! 劇的ビフォーアフター」も週一じゃなくなっちゃうし、
ここのところ、私の好きな番組は災難つづき。
「課外授業 ようこそ先輩」や「百歳バンザイ!」はNHKだから大丈夫かなぁ。
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by aco_325 | 2006-03-01 13:34 | レビューなど
3月23日放送の「NHKスペシャル」は見応えがあった。
「世界遺産 秘めた力 〜災害列島・日本より〜」

日本にある世界遺産を災害から守ってきた先人の知恵について、
科学的な検証をまじえて紹介していた。
取り上げられたのは宮島の厳島神社、白川郷、
日光の東照宮、奈良の薬師寺。

中でも私が強く興味をひかれたのは、宮島の厳島神社だ。
つい先日、私が訪れた際も、台風被害の跡が残っていた。
「この神社は台風がくるたびに壊されるよなぁ。何度も何度も」。
そんな無責任なことを言ったり思ったりしていた。
でも今回、番組を見てとても驚き、認識を新たにした。

内容はこのようなものであった。

厳島神社は、800年前に建てられた。
そして今日まで、幾度と無く台風などの被害に見舞われた。
しかし、実は、被害を受けているのは神社前方の平舞台などであり、
奥まった場所にある本殿が被害をうけたことは一度もないというのだ。
それはなぜか。理由はいくつかある。

まず、立地。
厳島神社は山に囲まれた場所に建てられており、風から守られている。
そして、山の一角に一箇所だけ低く、くびれた部分があり、
そのくびれから下方の谷へ向かって一気に風が吹き下ろすのだが、
その経路にあたるのは、神社の前方である平舞台などの「一部分だけ」なのだ。
本殿は経路から逸れているため、風による被害を受けないのだ。
逸れるように「計算して」作られたのではないか、
というのが専門家の推測であった。

次に、神社の構造。
神社の前方には、平舞台と呼ばれる大きく平らな場所がある。
平舞台は、長細い板が7、8ミリの隙間をもって、「いかだ」状に組まれている。
その「いかだ」状の床が5つ組み合わさっているのが平舞台だ。
潮がひいた時分に、平舞台の床下にカメラが入った映像を見ると、
いかだは、地面(満潮時は海底)に据えられた
基礎となる石の上に、「置いて」あった。
つまり、いかだは固定されておらず、石の上に乗っている状態なのだ。
どうしてこのような構造なのかというと、
大波が来た場合、いかだごと波に浮かぶようにしてあるという。
いかだが波に浮かぶことで、神社全体が壊れてしまうことを防ぐのだ。

また、5枚のいかだ同士もがっちりつながれてはおらず、
うまく外れて壊れるようになっている。
がっちり固めてしまうと、全体が壊れてしまうけれど、
これなら、被害が全体に及ばない。
厳島神社は壊れることを想定して作られていたのだ。
いわば、壊されているんじゃなくて、自ら「壊れて」いるのだ。

さらに、いかだの大きさや、7、8ミリの隙間にも、大切な役割があった。
海に浮かぶ施設、「メガフロート」を研究する人たちが、
その力を現代に活かそうと、縮小版の平舞台で実験し、検証していた。
実験の結果、海から大波が来た場合、
大きないかだは、波を打ち消す働きをするということがわかった。
波よりも小さな板であれば、波間に翻弄されてしまう。
けれど、波よりも大きな板であれば、波の力を抑えるのだ。
また、いかだに大波が寄せると、いかだの隙間から水が噴き出す。
これもまた、波の大きさを打ち消す効果があるという。
現に、台風の際には、平舞台の隙間からブシューッと、海水が出ている
様子が観察されたという。

このように、平舞台は、神社の前方で大波の力を弱める働きをしていた。
そして、平舞台に続いて、祓殿、拝殿、本殿と続くのであるが、
祓殿や拝殿の床は、隙間こそないものの、床板が柱と固定されておらず、
やはり波の動きに応じて上下に動くことで、波の力を弱めていくという。
そして、波が本殿へと届く頃には、その力はほとんど威力を失っており、
そのために本殿は災害を免れてきたのだという。

なんと!  800年も前にこんな知恵が!

すべて壊さぬものかと頑なに守るのではなく、
ここぞという一点(本殿)だけは堅く守る、
そのためには、わざと自ら「壊れてみせる」という発想。
波に逆らうのではなく、ゆらりゆらりと波にのるようにして、
実は波の力を弱め、最後は力を静かに制してしまうという手法。

こんな発想と手法を800年も前に実践した人に感服!
この柔軟で賢い考え方に、私もあやかりたい。
今度、宮島にいったら、このことを考えながら
厳島神社をじっくりみてみようと思う。
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by aco_325 | 2005-03-29 14:00 | レビューなど
3月26日、舞台「イッセー尾形のとまらない生活」を観に行った。
昔から観たい観たいと思いつつ、不精な私はチケットをとることをしなかったので、今回が初めてであった。

原宿クエストホールにて13時開場、14時開演。
13時過ぎにホールに入ると、そこには意外な光景が広がっていた。

ロビーで開演を待つ客たちが、椅子やソファ、はたまた床に置かれたクッションに座り、
お菓子や飲み物を手に談笑していたのだ。
さらにロビーの片隅には無料のマッサージコーナーまである。

なんですか、このあたたかい雰囲気は。
まるで文化祭かバザー会場かのような。
後援会のご厚意だろうか。老若男女、みな嬉しそう。素晴らしい!
私もおにぎり、からあげ、菓子、ワイン、水、コーヒーをいただいた。

さてあたたまったところで、開演。
衣裳を吊ったハンガー(舞台上で着替えるため)と椅子しかない舞台に尾形さんが登場。


なんですか、この精気あふれる人は!
私はまたまた驚いた。

お腹の出た中年ミュージシャン、プラカードの誤字にうるさい労組のおっさん、死体を運ぶ引越屋の兄ちゃん、ダメ息子を持つサラリーマン、息も絶え絶えの婆さまホステス、駐車場で記憶をなくしていくサラリーマン、適当な話を創るチェロ弾き姉さん。

きれいな役ではないし、
それどころか観ていて、「やっ!気持ち悪っ」と言ってしまうこともしばしばなのだけど、
それでも圧倒的にかっこいいのだ。
魅力が溢れだしている。
何より面白い!


観にきてよかった。
もっと早く観にくればよかった。
母さんも連れてきてあげればよかった。

舞台が終わり、そんなことを思いながらまたロビーでワインを飲んでいると、
私の前方にひょいと尾形さんが現われた。
気軽にサインや握手に応じている。

私は失礼ながら後方から尾形さんの肩や首を見つめ、
この細身の身体からあんなパワーが出ているのかと不思議に思った。

きっとまた観に来よう。
そしてもっとお腹を空かせて来よう。
そう心に決めた。
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by aco_325 | 2005-03-27 19:21 | レビューなど

木地師、拭き込み

少し前のことになるが、3月9日放送の「生活ほっとモーニング」は、
見ている者の“触感”を揺さぶる番組だった。

取り上げられたのは、伝統のお盆づくりについて。
岐阜県中津川市の加子母(かしも)地区では、
江戸時代からお盆やお椀づくりが行われているそうだ。
お盆を作るのは「木地師」とよばれる職人さん。
乾燥させた木を、ロクロで挽いて形をつくる。
そのときの木地師さんの指先がとても細かくて丁寧。
お盆を持つときの親指の反りにぴったり合うように
お盆の縁のカーブを削るという熟練の技、愛のある技に感服!
仕上がったお盆を指でなぞり微笑む、木地師のおじさん。

 (わ、わたしも触りたい・・・)

その後、白木のお盆は塗りを施され、つややかなお盆になる。
と、ここで、面白いエピソードが紹介された。
なんでも地元では、塗りを施さずに白木のお盆のまま使い、
お茶をお盆にかけ、布で染みこませるように磨き、
少しずつ色をつけていく習慣があるという。
そして、このことを「拭き込み」と呼ぶらしい。

 拭き込み!

なんとシンプル且つ素敵な呼び名!
番組では当然、「拭き込み」という言葉が連発される。

 お茶を拭き込みます。
 このように拭き込みます。
 皆、自分のお盆を拭き込みます。

加子母地区に伝わる「木地師」の技と「拭き込み」の風習—。
まるで吉田戦車の世界に出てくる不思議な儀式のようではないか!

しかし、愉快なのは語感だけではない。
お茶の時間を楽しんだ後、出がらしのお茶を
お盆にかけ、優しく磨く地元の人々の姿が紹介される。
みんな「MYお盆」を持っていて、談笑しながら拭き込んでいる。
なんと楽しげな。
何世代にもわたって拭き込まれてきた年季の入ったお盆も紹介された。
深く味のある色合い。これからまだまだ拭き込むという。

 (わ、わたしも拭き込みたい!)

テレビの前で、指先をうずうずさせながら
こう思ったのは、私だけではあるまい。


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制作・販売はこちら
大蔵工芸所
※お盆づくりや「拭き込み」の過程、番組放映の反響が
 写真入りで紹介されていて、見るだけでも楽しい。
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by aco_325 | 2005-03-24 21:02 | レビューなど

徹子VSボビー

今日の徹子の部屋はすごかった。

ゲストは、ボビー・オロゴン。
さんまのからくりTVなどでおなじみのナイジェリア出身の人。
思い切った発言で人気の彼だから、
ひやひや・わくわくしながら見ていた。
そして、K1の時と同様、ボビーは期待を上回る活躍をみせた!

ボビー:「んでーー」
てつこ:「あなたー」
ボビー:「あっ、ごめん、喋ってるのに喋って」
てつこ:「いいのよ。どうぞ。あなたがゲストなんだから。」
ボビー:「なら喋るなよ」

勝敗=ボビー勝利

ボビー:「聞きたいことあるんだけど」
てつこ:「なあに」
ボビー:「その髪はー、」
てつこ:「本物よ」
ボビー:「その髪はー、カツラですか?」
てつこ:「本物よ」

勝敗=引き分け

人が喋っているのに喋るな、というとても基本的な、
そしてみんなが思っていたことを言われたときの徹子は
ちょっと動揺していた。そして
「説明ってもんがいるでしょ」と言い返した後、
「私はもっとあなたのおかしい所を攻めることもできるのだけど、
 ゲストだから言わずにいてあげているのよ」と、
身も蓋もないことまで言ってしまっていた。

徹子を本気にさせた男、ボビー。
今回、徹子は、からくもノックアウトを免れた。
次回が楽しみだ。
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by aco_325 | 2005-03-21 19:23 | レビューなど
「フクダカヨ絵日記」
電車でみかけた不思議な人から、お子さんの誕生まで、
クスリと笑える出来事も、感動のテーマも、
カヨさんの手にかかれば、さらりと痛快に描かれる。
飄々としていて、ピリリと毒もある、でもあたたかい。
素敵なBlogです。

・・そんな素敵なBlogが本になった!
「傘が首にかかってますけど —フクダカヨ絵日記—」
ってことで、本を手にしてあらためて思ったこと、
それは、タイトルが自由で的を射ていて気持ちいいってこと。
「傘が首にかかってますけど」をはじめ、
「あまりにも爽やかな血みどろの人」、
「デブ毎に譲る」、「燻されてます」、
「選ばれし民」、「発車いたす」、
「ななめ下、あるいは場外」。
こうしてタイトルを並べてみたら、ほらほら、気になるでしょう?

もうひとつ、本ならではのよさは、絵日記とともに
旦那さんである入江さんのコラム、「オレにも産ませろ!」を読めること。
入江さんは熱心に、(ときにはカヨさんよりも熱心に)出産準備に取り組み、
ご自宅での33時間に及ぶ出産を成し遂げ、
最後はとうとう本当に「オレにも産ませろ!」を実現してしまった。

私は結婚も出産もしたことがないけれど、
お二人の姿と呼吸に、じーんとしてしまった。
また数年後に読んだら、じーんとする場所も微妙に変わるのかな?
それもまた、お楽しみ。
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by aco_325 | 2005-03-18 13:58 | レビューなど